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東京地方裁判所 昭和48年(刑わ)5148号 判決 1974年2月22日

主文

被告人を懲役二年に処する。

未決勾留日数中一〇〇日を右の刑に算入する。

本件公訴事実中無印公文書偽造・同行使の点については、被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  医師でないのに、別表記載のとおり、昭和四八年四月三日ころから同年八月二八日ころまでの間、前後八〇回にわたり、東京都日野市南平一、〇八九番地医療法人回心会南平病院および同都目黒区上目黒二丁目二番一〇号医療法人福島病院において、人院中の患者旭喜代野ほか五四名に対し、診療・注射・投薬・切開手術などの診療行為をして医業をなし、

第二  同年五月三一日ころ、前記南平病院において、行使の目的をもつて、ほしいままに死亡診断書用紙にペンおよびゴム印を用い、青木一が同日午後四時二〇分、同病院において脳軟化症により死亡した旨を記載したうえ、診断医師欄に「藤井克之」と署名し、事情を知らない同病院事務員鴨下義夫をして右名下に「藤井」と刻した印を押捺させて、事実証明に関する私文書である医師藤井克之作成名義の死亡診断書一通を偽造し、同年六月六日ころ、同都日野市高幡六八番地先所在日野市役所七生支所において、事情を知らない右幡下をして同支所係員に対し、右偽造の死亡診断書一通を真正な死亡診断書として提出させて行使し

たものである。

(証拠の標目)<略>

(法令の適用)<略>

(無罪部分の理由)

本件公訴事実中無印公文書偽造・同行使の点は、「被告人は、他人の衛生検査技師免許証写を利用して自己名義の免許証写のようなものを作成偽造し、衛生検査技師として稼働しようと企て、昭和四八年一月一五日ころ、東京都港区北青山三丁目九番三号医療法人青山外科病院において、行使の目的をもつて、ほしいままに、厚生大臣斉藤昇作成名義の同大臣の記名印・公印・押捺された猪股春美に対する衛生検査技師免許証(登録番号第六四一八号)を複写機で複写した写の名宛欄「宮城県・猪股春美・昭和二五年一月一〇日生」とある部分に紙片を貼付してこれを抹消し、これを複写機のうえ、右の紙片貼付の空白部分に、マジックペンで「北海道・工藤美登・昭和一八年一二月一五日生」と書き込み、さらにこれを複写機にかけてその写三通を作成し、もつて、厚生大臣斉藤昇が自己に宛て発行した真正な衛生検査技師免許証の写であるような外観を呈する公文書三通の偽造を遂げたうえ、

一  昭和四八年一月二〇日ころ、前記病院において、同病院事務次長関駿に対し、前記偽造にかかる免許証写二通を真正に成立したもののように装つて提出して行使し

二  同年七月末ころ、同都北区北桐ケ丘一丁目二二番一号医療法人大橋病院において、同病院事務長山田弘に対し、前記偽造にかかる偽造免許証写一通を真正に成立したもののように装つて提出して行使し

たものである」というのであり、当公判廷において取調べた証拠によれば、これに相応する事実が認められるが、この事実は、刑法第一五五条第三項、第一五八条第一項の構成要件に該当しないと解せられる。

この点につき、検察官は、被告人が作成した本件写の作成名義人の確定につき、本件写のように精巧な複写機を利用して作成された写は、原本の内容がそまま写の内容として顕出しているので、写中に名義人として顕出している厚生大臣斉藤昇を作成名義人と解すべきであり、この見解は科学技術の進歩した今日の社会に通用する文書の信用を真に保護する時代感覚に適合した解釈である旨主張し、同様の見解は、名古屋高裁昭和四八年一一月二七日判決(本件記録添付)及び東京地裁昭和四七年一〇月一七日判決(判例タイムズ第二八五号二四四頁)にもみられるが、この見解は、写である文書の作成名義人を判断するにあたり、その写に顕出された原本文書の作成名義人の記載自体をもつてこれにあてるものであつて、右東京地裁判決ののべるごとく「通常、写は原本の作成名義人によつて作成され、あるいは原本の作成名義人の依頼ないし承諾のもとに作成されたものとみなされる」ことをその理論的前提とするものと解されるが、そもそも写は、一般に誰でも自由に作成できるものであり、戸籍謄本、登記簿謄本、公正証書謄本等のごときものと異なり、これより軽易簡便な取扱いをうけているものであつて、必ずしも原本の作成名義人によつて作成されるものでなく、また原本の作成名義人の依頼ないし承諾のもとに作成されるものとは限らない。(登記簿謄本等も、たまたま原本作成官署がこれを保管しているので、原本作成官署においてその謄本を作成することとなるだけであつて、右謄本の交付を受けた弁護士が右謄本の証拠調後の訴訟記録添付用にその写を作成することは、日常みられるところである。)とくに、免許証の如く、原本自体を私人に交付してしまう性質の公文書については、社会通念上も交付を受けた私人が写を作成することを期待しており、免許証を交付した官署より資格証明書等を受けさせるまでもないときに写の提出を求めるものというべきであつて、その免許証を交付した官署において写を作成することなどは、制度としても慣行としても存在しない。したがつて、検察官の主張及び右各判例の見解は、その理論の前提において誤りをおかしたものであつて、にわかに賛成し難い。

また、検察官の意見中、本件写が複写機により精巧に複写されたものであることをもつて特別に扱うべきものであるかの如く主張する部分があり、また前記各判例中にもこれと同様の見解をのべるかにみられる部分もあるが、刑法第一五五条及び第一五八条の構成要件自体は、複写機によると否とを問わず何らの区別をもしていないのであつて、複写機による複写なるが故に犯罪を構成するとする見解は、理由のない拡張解釈として失当と考える。

検察官は、本件写が病院関係者により信用された事実とその弊害を指摘するが、これは、いやしくも人命を預る病院が、一定の資格を要する職員を採用するにあたり、免許の有無の確認を怠り、免許証写の提出を求めるにとどめていることにむしろ問題があると考えられ、これがために本件を文書偽造罪としなければならぬという結論にはならない。

複写機による複写に強いて特別な意味があるとすれば、それは写であることを表示するまでもなく写であることが明瞭であるという点であり、「右正写しました」等の文言と写作成者の署名を欠いても、あるいは「」というゴム印を欄外に押捺しなくても写として通用するということであつて、本件写の如くこれを欠いたものも、あくまでも被告人作成の写にとどまると解すべきであり、そこに表示された厚生大臣の暑名・押印も写の内容以上の意味をもつものでなく、これが公文書に化するいわれもない。

かりに、写は原本作成者みずから、又はその依頼もしくは承諾により作成されるべきものとすれば、他人による写の作成は原則として禁じられることとなり、今日の社会にとうてい適合しえない結果を生ずるであろう。

ちなみに、最高裁昭和三四年八月一七日第二小法廷決定(刑集一三巻第一〇号二七五七頁)は、本件と同様原本が最初から存在しない事案に関し、写の作成を無印公文書偽造罪とした事例であるが、これは、村長が国民健康保険融資基金規程に基づき借入金申込書に添付すべき必要書類として「村議会議決書(写)」なる文書を作成すべきところ、村の助役及び書記が村長の命令も許諾もなくしてほしいままに右「村議会議決書(写)」を作成した事案に関するものであつて、本件とは事案を異にするので、この判決を本件にあてはめることもできない。

したがつて本件写は、被告人がみずからの権限において作成した私文書であり、本件では、単に内容虚偽の私文書を作成したにすぎないものであつて、無印公文書偽造罪は成立せず、またその行使罪も成立しないので、本件公訴事実中無印公文書偽造・同行使の点については罪とならないことになるから、刑事訴訟法第三三六条前段により被告人に対し無罪の言渡をする。

よつて主文のとおり判決する。

(奥村誠)

別表 <略>

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